第90章 My Angel
「どうぞ」
「おじゃまします」
初めて入る、櫻井さんち。
嬉しさよりも緊張のほうが勝っていて、動きがぎこちないのが自分でもわかる。
「散らかってるけど…」
そう言いながら前を歩く櫻井さんの足元が、何気なく目に入った。
「あの…櫻井さん」
「ん?あ、一旦そこに荷物置いていいよ」
「あ、はい」
僕はソファーの横にビジネスバッグを置きつつ、やっぱり櫻井さんの足元が気になった。
「ん?どうした?」
「あの…櫻井さん、普段はビジネス用の靴下を履いてますよね」
「うん、そうだけど?」
「今日の靴下、なんか可愛いの履いてるなって思って」
「可愛いって…あっ」
心当たりがあるかのように靴下を見た。
櫻井さんがアタフタ動く度に、有名な双子のリスのキャラクターが上下左右に振られている。
ふふっ。
その光景に、僕の緊張は一気に解れた。
「こ、これは家用で…。あ、違うからな。俺が買ったんじゃないぞ。妹が買ってきて。あ〜もうっ。朝履き替えるの忘れてたのかぁ〜」
そう言いながら櫻井さんは靴下を脱ぎ、手の中でギュッギュッと丸め始めた。
…脱がなくてもいいのに。
丸められた靴下の塊がポーンと低空飛行で宙を舞い、ソファーの上に落ちていく。
その行方を目で追っていると
「大野が…」
櫻井さんの声がした。
「大野がさ…」
「えっ?」
声のほうに振り向くと、櫻井さんが頬をほんのり赤くしていた。
「大野が今日ウチに来るんだって…俺、朝からソワソワしてたみたい」
胸がトクンとなる。
「櫻井さん…」
緊張してたのは、櫻井さんも同じだったんだ…。
「さ、さてと。部屋の案内するか」
まるで照れ隠しのように櫻井さんが言った。
目の前にある櫻井さんの背中。
思わず抱きつきたくなったけど、思いとどめた。
“僕が一緒に住みましょうか”
櫻井さんの力になりたくて申し出たこと、まだ何も始めてない。
「大野はどこから案内してほしい?」
「じゃあ…僕が使っていい部屋からで。見るの、楽しみにしてたんです」
振り返った櫻井さんに向けて、僕はニコッと返事をした。