第89章 教室の片隅で
Oサイド
チャイムが響き渡り、みんな席に戻っていく。
そんな時にだよ?
好きな人がさ、制服の袖を掴んでさ、僕の動きを制止させるの。
「ま、待って」
なんて切羽詰まったように言ってさ。
もう…ね、胸の鼓動のバクバクが半端なくて。
そしたら、いつの間にかチャイムが鳴り終わってた。
次の授業は英語。
ジャニー先生がそろそろ来るはず。
カタッカタッ…
教室の前のドアは開きにくい時がある。
今日もまたジャニー先生は苦戦してるみたいだ。
みんなそっちが気になって、視線は前に集中している。
ただ1人、母ちゃんだけは何か言いたげに僕を見ていた。
「また後で…話、しよ?」
母ちゃんは今度は僕の席のほうに来ると言った。
昼休みかな?放課後かな?
僕は楽しみでならなかった。
ジャニー先生の授業後の黒板は、毎回チョークの粉で白くなる。
日直の母ちゃんは、その黒板を丁寧に綺麗にしていた。
時々頭上の時計を見てるっぽい。
休み時間、なくなるよ。
母ちゃんの背中にむけて、心の中で呟いた。
黒板消しを置いた母ちゃんがハンカチで手を拭きながら、こっちを向いた。
僕の席にはいつものように友人数人がいる。
ちゃんと輪の中に入ってこれるかな。
ワクワクドキドキしながら、その時を待つ。
ハンカチを上着のポケットにしまった母ちゃんが、開いていた前のドアから廊下のほうに出ていくのが見えた。
あれ?
どうしたんだろう。
トイレか?
そんな風に思っていると、後ろから肩をポンポンと叩かれた。
「大野くん」
んふふ。
母ちゃん…そうきたか。
「…こんにちは、櫻井です」
振り向かなくても、母ちゃんが僕の友人たちに挨拶してるのがわかる。
どうぞ、どうぞこっちに…って促されてるし。
遠慮がちに僕の正面にきた母ちゃんの顔は真っ赤だった。