第89章 教室の片隅で
Sサイド
地蔵くんが背中を擦ってくれていると、教室にチャイムが響き渡った。
それぞれ席に戻っていく姿が視界に入る。
「じゃ、行くね」
背中に添えられていた手が離れ、地蔵くんが立ち上がった。
廊下側に体の向きを変え始めた地蔵くん。
行っちゃう。
俺は咄嗟に地蔵くんの制服の袖を掴んだ。
「ま、待って」
「ん?」
チャイムが鳴りやむ。
教室はまだ少しざわついていた。
「授業が始まるよ?」
「うん」
わかってる…
「ジャニー先生が来ちゃうよ?」
「うん」
知ってる…
「みんな見てるよ?」
「えっ」
俺は慌てて周りを見渡した。
「…見てないじゃん」
「んふふ、さっきは見てたよ」
「い、いいもん」
教室の前のドアからカタッカタッと音がする。
時々開きにくい時がある、そのドア。
ジャニー先生の時にそうなることが多いなって感じているのは、俺だけじゃないかもしれない。
だけど、ほんの数秒の時間稼ぎが、今は何だか有り難く思った。
「えっと…袖…」
「あ、ごめん」
「んふふ。いいよ、大丈夫」
「あのさ、また後で…話、しよ?」
「うん」
「今度は俺がそっちに行くから」
「うん、待ってる」
少し開いている窓から、爽やかな風が通り過ぎていく。
熱くなっている俺には、それがすごく心地良く感じた。