第89章 教室の片隅で
Sサイド
数学の授業が終わり10分休みに入った。
俺は急いで地蔵くんのノートを持ち、椅子から立ち上がった。
「あっ…」
既に地蔵くんの席を囲むようにして数人集まっている。
「…出遅れた」
楽しそうに話しているいつもの光景。
どうしよう…。
あの中に割って入るのは気が引ける。
だけど別に邪魔をするわけじゃない。
ノートを交換しないといけないし。
よし、行こう。
俺は小さく握りこぶしをつくって気合いを入れた。
そうして1歩踏み出した時
「んふふふふ」
すぐ横で地蔵くん独特の声がした。
「えっ…何で?」
声だけじゃなくて、地蔵くん本人もいる。
「んふふ。何かおかしい?」
「いや、だって…みんな席に集まって楽しそうにしてるし…えっ…?」
席の主がいない今も、あの席での休み時間の光景は変わらない。
「抜け出してきたんだけどさ、みんなはしゃいでるねぇ」
見守るような優しい表情に見惚れてしまう。
やっぱり地蔵みたい。
それに、俺の所に来るために“抜け出してきた”なんて、かなり嬉しく思った。
「あ、そうそう。はい、ノート」
「ふぇっ?」
「んふふ。ノート持ってきた」
「あ、ノートね。ノート。はい」
地蔵くんの声で我にかえった俺は、ちょっと慌ててしまった。
無事に交換がすみ、何気なく自分のノートをパラパラっと捲っていると
「ねぇ、あの絵さ…」
「絵?」
地蔵くんの問いかけに、一瞬何のことを言われてるのかわからなかった。
だけど、すぐに気づきギクッとした。
うわぁ…あの絵のこと、すっかり忘れてた…。
俺は急いでノートを閉じ、胸にぎゅっと抱えた。
「絵が…何、か?」
「ごめんね。気づかないでノートを開いたらさ、見えたの。1回だけ、チラッと」
「見ちゃった…よね?」
「うん。独特のタッチのやつ」
今はそんなにキラキラした瞳で俺を見つめないで〜って、心の中で叫んだ。