第89章 教室の片隅で
Oサイド
『おっはよ〜』
背中越しに、元気一杯な友人の声がした。
その友人たちが僕の席に来ると、母ちゃんが離れていくのが見えた。
「櫻井くん、ありがとね」
僕が慌てて声をかけると、母ちゃんにはちゃんと聞こえていたようで
「どういたしまして」
って言ってくれた。
友人たちの会話に耳を傾けながら、窓側に向かう母ちゃんの後ろ姿を目で追っていると
『それ、どうしたの?』
友人がノートについて聞いてきた。
「ううん、何でもない」
僕は椅子に座るとすぐ、机の中にノートをしまった。
数学の授業が始まる時に、僕はさっき机の中に入れたノートを取り出した。
パラパラっと捲ると、チラッとだけど不思議な絵が描いてあるのが見えて、僕はすぐにノートを閉じた。
…今の…何?
僕は描いた覚えがない。
それに、僕のノートは最近買い替えたばかりだからまだ新しいけど、このノートは使用感があって角に折れ目がついているページがある。
ようやく気づいた。
このノートは俺のじゃない、母ちゃんのノートだ。
ノートを床から拾い上げる時に取り間違えたんだな。
だけど。
あの不思議な絵は何だろう。
気になって気になって気になって。
本当はもう一度見たいけど、これは母ちゃんのノートだし…。
心の中で葛藤していると、母ちゃんから視線を感じた。
母ちゃんは下唇をきゅっと噛んで僕を見ている。
その表情が可愛いし、朝のことも頭に浮かんできて、僕の胸を擽っていく。
僕が描いた絵を母ちゃんが見たかどうかはわからないけど、それよりもまず母ちゃんを安心させてあげたい。
そう思った僕は、
『あ・と・で』
声には出さずに唇を動かした。
すると母ちゃんから
『りょ・う・か・い』
って同じように唇を動かして返事があった。
今日は持ってきている他のノートを使うことにしたけど、僕の頭の中は母ちゃんのこととあの不思議な絵のことでいっぱいだった。