第89章 教室の片隅で
Oサイド
窓を閉める母ちゃんを、僕は少し下がったところで見つめた。
そのまま席についちゃうのかな。
もう少し母ちゃんと話していたい…
いつもの僕だったら相手から話してくれるのを待ってるほうだけど、今回は違った。
「窓側の席っていいよね」
何てことのない話題かもしれないけど、自分からそう積極的に話しかけたんだ。
窓側は暑い時もあるよとか外を眺めてても飽きないとか、母ちゃんと色々話をした。
だけど。
母ちゃんの呟きが微かに聞こえたんだ。
“休み時間はこっちに来ればいいのに”って。
思わず「えっ…?」って声に出しちゃったら、母ちゃん自身も呟きを聞かれたことにびっくりしたみたいで。
んふふ。
さっきも思ったけど、母ちゃんのびっくり顔ってすごく可愛らしい。
おっきな瞳がまぁるくなって。
それに、なんか…照れるよね。
窓側のほうにっていう意味であっても“来ればいいのに”なんて言われたらさ。
だから僕も、僕の席のほうに母ちゃんも来ればいいのになって思ったんだ。
その呟きが母ちゃんに聞こえちゃったみたいで、母ちゃんも照れてる感じだった。
そんな中、ふと目に入ったのは母ちゃんの机の上に置かれていたノート。
僕が使ってるのと同じノートだったから、お揃いなんだって嬉しくなった。
それと同時に僕はノートを探すために早く登校してきたことを思い出したんだ。
母ちゃん…櫻井くんが描いてあるあのノート。
いつもはキリッとしてる母ちゃんの眉毛が少し下がって、心配してくれてるのがわかる。
早く見つけないと。
机の中にあるかなぁ…いや、机の中にないと困る。
そんな風に思いながら、僕は廊下側にある自分の机に向かったんだ。
僕のと同じノートを胸に抱きしめて、僕の後を追う母ちゃんの優しい視線を背中に感じながら。