第89章 教室の片隅で
Sサイド
「そろそろ窓、閉めようか」
「うん」
地蔵くんが半歩下がる。
俺はふぅ、と小さく深呼吸してから窓を閉めた。
「窓側の席って、いいよねぇ」
「そう?窓側が良かったの?」
地蔵くんに返事をしながら、俺は体の向きを変えた。
「風がさ、気持ち良さそうだもん」
ふにゃりとする地蔵くんの表情にドキッとする。
「まぁ…たしかに。だけど日差しの強い日はさ、カーテン引いてても結構暑いよ?」
「マジかぁ。うーん…でもやっぱり窓側がいいなぁ。外をずっと眺めてても飽きない」
「あはは。飽きないのはわかるなぁ。授業中は外ばかり見てちゃダメだけどね」
「んふふ」
「…大野くん、休み時間はこっちにくればいいのに…」
「えっ…?」
「えっ、あっ…」
ぼそっと呟いただけだったのに、地蔵くんの耳には届いていたようで、俺自身もびっくりしてしまった。
お互い俯き気味になる。
「あっ。だ、だけどさ。大野くんは席を離れられそうにないよね。みんな集まっててさ、楽しそうにしてるし…」
「そのうち来なくなるんじゃない?」
「そんなことないと思うけどなぁ」
だってさ、地蔵くんの側にいると心地いいもん。
「…櫻井くんもこっちに来ればいいのに…」
「えっ…?」
「えっ、あっ…」
今度は地蔵くんの呟きが俺に聞こえた。
なんか…照れる。
「俺たち、同じようなこと言ってるね」
「んふふ。そうだね」
顔を見合わせながらくすくす笑っていると
「あっ」
地蔵くんが俺の机のほうに視線を向けた。
「どうしたの?」
「このノート、僕のと同じだ」
「そうなの?」
「うん。昨日さ学校に忘れてきたみたいで、それを探しに早く来たんだった」
日直でもないのに、地蔵くんが早く登校してきた理由がわかったのもあるけど…
同じノートを使ってるってことが何よりも嬉しい。
俺は机の上に置いていたノートを手に取った。
さっきまでは単なる数学のノートだったけど、今は地蔵くんとお揃いの特別なノートなんだって思ったら、急に愛着がわいてきた。
「机の中にあるかなぁ」
なんて言いながら、地蔵くんが廊下側の自分の席に向かって行く。
地蔵くんのノートが見つかりますように。
俺もノートを持ったまま、地蔵くんの後をついていった。