第88章 果てない空
俺は翔くんの頬に手を添えた。
「翔くん、引き返すなら今だよ…」
自分でそう言いながらも、肯定されたらどうしようって不安にかられる。
翔くんは暫く俺を見つめた後、頬に添えていた俺の手に自分の手を重ねて柔らかく微笑んだ。
「ふふっ。引き返すわけないでしょ」
その言葉を聞いた途端、俺の目から涙が溢れた。
「今日のお前、いつもと違うな」
翌日、会社の先輩から声がかかった。
「そうですか?」
「お前が積極的に意見を述べるなんて、滅多にないからさ」
「この企画はどうしても通したくて」
「まぁ、悪いことじゃないしな。頑張れよ」
「はい、ありがとうございます」
何だろうな。
自分でも仕事に対しての姿勢が少し変わったような気がする。
翔くんのおかげ…かな。
『ねぇ、智くん。桜が散る前にさ、お花見しない?』
仕事帰りに翔くんから電話が入った。
「いいけど…翔くん、休みはいつ?」
『いや、あの…休みの日じゃなくてもいいんだ』
「えっ?何で?」
『その…前に話したと思うんだけど…僕の部屋から桜が間近に見れるから…』
「うぉっ。初・翔くんちかぁ」
『ダメ…かな?』
「ううん、ダメじゃないよ。むしろ嬉しい」
じゃあ明日にでも…なんて約束をした。
俺はにやけてしまうのを誤魔化すように口元に手をあてて、帰路についた。