第88章 果てない空
「んっ…ふ」
櫻井くんから漏れる甘い声に全身が痺れる。
「はぁ、んっ」
「ん、はぁ」
俺たちは吸い付くように重なる唇と交わる舌に夢中になった。
止まらなくなり、そ…。
「カ、ギ…取り、に…」
「んっはぁ…もう…行く、の?」
「う、ん」
んちゅっ。
名残惜しく思いながらも唇を離した。
櫻井くんは顔が真っ赤だし、おっきな目は潤んでるし、厚みのある唇は濡れてるし。
ムンムンとした蒸気が出ているようにさえ見えてくる。
あとちょっとだけならいいかな、なんて思いながら再び顔を近づけてみると、
「もう行かな、いと…」
櫻井くんが俺の胸を手でやんわりと押した。
そうだよな。
実家のほうでも櫻井くんが来るの、待ってるんだもんな。
「えっと、イヤとかじゃなくて…」
「俺のほうこそ、ごめん。イヤじゃないって思ってくれるだけで嬉しいから…。顔、洗いに行く?」
「うん、行く」
俺は先に立ち上がり、手を差し出した。
「なんか照れるね」
「俺、こんなことするの初めて」
「僕も手を引いて立たせてもらうなんて初めて。あっ、したこともないけどっ」
「本当かなぁ」
「本当だよっ」
慌てて訂正しながら、遠慮がちに軽く握っていた俺の手をしっかり握り直して立ち上がるのがおかしかった。
俺が笑いをこらえたのを、櫻井くんは苦痛の表情だと思ったようで。
「あっ。手、痛かった…?」
「ううん、大丈夫。カギ、気をつけて取りに行っておいで」
「うん。ありがとう」
ずっと仲良しでいたかのようなやり取りに心が和んだ。
その後、洗面と着替えを済ませた櫻井くんを玄関まで見送った。
やっぱりスーツが似合うなって見惚れてしまう。
「大野さん」
「ん?」
「泊めてもらってありがとうございました。じゃあ、行ってきます」
「うん。気をつけて」
爽やかな笑顔を向けられ、また抱きしめたくなってくる。
俺は両手を組むことで、何とかそれをこらえた。