第88章 果てない空
「大野…さん?」
櫻井くんに呼び掛けられてハッとした。
俺の腕の中には櫻井くんがいて、大きな瞳を揺らしていた。
「あ、ごめん」
ゆっくりと櫻井くんの体を離す。
「なんか俺…」
急に抱きしめたりなんかして申し訳なく思いながら櫻井くんに視線を向けると、肘の部分を擦りながら俯いていた。
「スーツ、皺になっちゃうから…掛けるもの持ってくるね」
さっきの自分の行動に戸惑いつつ、俺はその場を離れた。
ハンガーを手にしてソファーに戻ると、櫻井くんが上着を脱いでいるところだった。
「櫻井くん、これどうぞ」
「ありがとう、大野さん」
若干緊張した面持ちにも見えるが、立ち上がった櫻井くんがハンガーを受け取ってくれたことに安心した。
「あ、そうだ。よかったらシャワー使って」
「えっ」
櫻井くんの大きな目が更に見開かれる。
「あ、えっと、変な意味はないから」
慌てて否定した俺が余程おかしかったのだろう。
櫻井くんがぷぷっと笑った。
「変な意味って…」
「だって…さっきのことがあるし」
俺が首筋に手をあてながら言うと、櫻井くんがふぅ…と息をはいた。
「イヤじゃなかったから、そんなに気にしないで」
「えっ?」
「あっ、シャワー貸りるね。こっちでいいんだよね」
スーツの上着をかけたハンガーを俺に渡した櫻井くんが、指差しながら浴室のある洗面所のほうに向かっていく。
「タオルは棚にあるから、適当に使って」
「ありがとう。使わせてもらうね」
パタン…と洗面所の扉が閉まる。
はぁ…
一気に脱力した俺は、ペタンとその場に座り込んだ。