第88章 果てない空
玄関に入ると、靴をきちんと揃えているその人を見習って、俺も靴を揃えた。
そんな俺の行動をふふっと優しい眼差しで見ているから、何だか弟を見守るお兄ちゃんみたいだなって思った。
「ココアは飲めますか?」
「はい。飲めます」
「じゃあ淹れてきますね」
ソファーに座ってもらい、俺はキッチンへ向かった。
お湯を沸かし粉を入れ、かき混ぜる。
甘い香りが漂ってくる。
そうしているうちに、気持ちが少しずつ落ち着いてきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。あの…素敵なお部屋ですね。スッキリしてるし」
「それはきっと、物が少ないからじゃないかな」
「間取りは同じなんですけどね、僕の部屋は本とか色々ごちゃごちゃしてて。このマンションに越してきてからまだ半年なのに」
「ふふっ。生活のしやすさは人それぞれですからね」
いつか部屋の片付けを手伝ってあげたいななんて考えが頭をよぎる。
お互いココアを口にする。
カップを両手で持って飲む姿もまた可愛らしかった。
「あっ」
「どうしました?」
「名前…」
「そういえば…」
「俺、大野智です。年齢は25歳です」
「あっ。僕の1つ上の方なんですね。僕は櫻井翔、24歳です」
「へぇ、1つ違い。じゃあ、敬語やめま…やめよっか、櫻井くん」
「そうで…そうだね、大野さん」
何だろうな。
「俺、普段は人見知りなんだけど」
「本当に?」
「うん。自分から声をかけるなんて滅多にない」
「そうなんだ…。なんか、嬉しいな」
「嬉しい…?」
「あ、いや…何でもない」
櫻井くんの頬が染まっていく。
それを見て、俺は…
胸の高鳴りと高揚感でいっぱいになって…
自分が持っていたカップと櫻井くんが手に持っているカップをテーブルに置き、
「櫻井くん」
彼を見つめて名前を呼んでいた。