第88章 果てない空
一緒にエレベーターに乗り込む。
今度は迷いなく階ボタンを押した。
扉が閉まりエレベーターが動き始めると、急にソワソワしてきてしまった。
俺、何してるんだろう。
自分の行動にびっくりしているのと、斜め後ろにいるその人を意識してしまい、言葉が出なくなった。
バクバクしている胸の音…
口の中を湿らす唾液を飲み込む音…
それらが聞こえていませんように、早く到着しますようにとひたすら思っていた。
ポーン。
部屋のある階に到着し安堵する。
「行きましょうか」
「はい」
エレベーターを降り、歩きはじめてから数歩。
あれ?
斜め後ろにいたはずの気配が感じられなくなった。
どうしたのかと後ろを振り向くと、あの人は夜空を見ていた。
「ここからだと、星がよく見えるんですね」
たしかに景色を遮る高い建物もないし、今日は星が輝いていて綺麗だ。
だけど俺は、夜空を眺めているその人の儚げな姿のほうをずっと見ていたいと思ってしまった。
自分と同じ男性に対して、仕事ぶりに憧れるとか男気に憧れるようなことは今までもあったけれど、佇まいに惹かれたのは目の前にいるこの人が初めてかもしれない。
「あっ。ごめんなさい。僕が住んでる階からは星はあまり見えなくて。つい見入ってしまいました」
申し訳なさそうにスタタタタッと俺のところまで小走りするその姿はとても可愛らしくて、数秒前に見た儚げな姿とのギャップに心が持っていかれる。
「星は見えにくいけど…春になると僕の部屋からは桜がよく見えて、本当に綺麗なんですよ。花弁も1枚1枚わかるくらい」
「へぇ…。ここからだと桜の花笠を眺める感じだから、桜が咲いたら俺も一緒に見てみたいなぁ」
「えっ。あ、そ、そうですね。良かったらぜひ…」
頬を染めてたどたどしく話すその人の言葉を聞き、自分が何て言ったのかを思い出した。
“桜が咲いたら一緒に見てみたい”なんて。
うわっ…。
俺、やっぱり今日は…いや、この人に会ってから何か変だ。