第88章 果てない空
トボトボと歩いていたその人が立ち止まり、辺りをキョロキョロ見渡し始めた。
周りには俺たち以外に人はいない。
呼び止められたのが自分であることに気づいたのだろう。
その人と俺は目が合った。
トクン…
俯いていた表情も素敵だったけど、正面から見たその人は大きな目と厚い唇が印象的な綺麗な顔立ちをしていた。
「あの…何か…?」
首を傾げながら、その人が恐る恐るといった感じで俺に聞いてきた。
「ごめんなさい、呼び止めてしまって。さっきエレベーターのとこで話を聞いてしまって」
「そうでしたか。帰ってきたのに家に入れないなんて…恥ずかしいです」
首筋を撫でながら話すその人の表情が、ふわっと柔らかくなる。
「恥ずかしいなんてそんな。今から取りに戻られるんですか?」
「いえ。実家の両親ももう寝る時間なので、取りに戻るのは明日にしました。今晩過ごせる所をこれから探そうかと」
ビジネスバッグを握り直したその人。
「あのっ、もし良かったらウチに来ませんか?」
今にも歩き出してしまいそうな姿を見た俺は、咄嗟にそう声をかけていた。
「えっと…。この辺りはビジネスホテルもないし、ファミレスは駅前にあるけど…ウチはたまに弟や友人が泊まりに来るので布団もありますから」
自分でも何でこんなに必死になってるんだろうって思いながらも、キョトンとしているその人に話をした。
「でも…今知り合ったばかりですし…いいんですか?」
「はい、それはわかってます。だけど俺もさっき、家に着いたぁってホッとしたばかりなので…何だか知らんぷりができなくて」
「気にしていただいてありがとうございます。そこまで言ってくださるのなら…よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をされ、
「こちらこそ」
俺も慌ててお辞儀をした。