第88章 果てない空
はぁ…疲れたなぁ。
明日の休みは何をしようか、なんて考える余裕もない。
何㎏の靴を履いているんだと思ってしまうほど、歩みが進まない。
今日は先輩と一緒に得意先を回り、心身ともに疲れた。
いつもなら駅から自宅のあるマンションまで5分のほどの道のりを、今日は10分近くかかってしまった。
それでも何とかたどり着いたことにホッとして、笑みがこぼれた。
エレベーターが来るのを待っていると、
『ホントに?母さん家に鍵忘れてた?そっかぁ、参ったなぁ』
後ろからそう、声がしてきた。
いつもなら気にしないんだけど…声からして同年代くらいの人なのかなって思った俺は、何となく興味本意でチラッとその人を見てみた。
スマホ片手にガックリと肩を落としているその人。
本人には失礼かもしれないけど…そんな姿も様になっている、すごいイケメン。
扉が開き、エレベーターの中に入ったところで再びその人に視線を移した。
どうしてだろうな。
全く知らない人なのに。
部屋のある階を押そうと指を伸ばしたけど、遠ざかっていくその人の後ろ姿が目に焼き付いて離れそうになかった。
ゆっくりと閉まり始める扉。
なぜかいてもたってもいられなくなった俺は、階ボタンではなく開ボタンを押してエレベーターを降りた。
エレベーターホールにはもう、その人の姿はない。
大丈夫。まだ近くにいるはず。
そう思いたくて、自分に言い聞かせた。
さっきまであんなに重たかった足が、高鳴る気持ちと連動するように軽快に動く。
「あのっ」
俺はマンションを出て左方向に見えたその人の後ろ姿に向かって声をかけたんだ。