第87章 夢でいいから
「俺のこと、どうしてそんなに気にするの?」
翔が真剣な眼差しを向けてくる。
「手、離して」
「やだ、離さない」
「翔…痛い、から…」
「…ごめん、さと兄」
俺の手首からゆっくりと翔の手が離れていく。
だけど、完全に離すわけではなくて。
指先でちょこっと袖口を摘まんでいるんだ。
手首を見ると、翔が掴んでいたところがうっすらと赤くなっていた。
だけどそれよりももっと…胸が痛い。
唇を噛みしめて俯く翔。
翔は何も悪くないのに。
こんなに辛そうな表情をさせている原因は俺なんだけど…。
「さと兄。ちゃんと話を聞かせて?」
「うん…ここ最近さ、翔がいつもと違ってたから」
「俺?」
「だってさ、ストックあるのにいつもと違うコロンつけてたり…」
「あぁ、そっか。それで…」
翔が何度も小さく頷いている。
「電話の友達ね、会社の同僚なんだ。片思いしてる相手と俺から同じ匂いがするらしくて、よく抱きついてくるの。こんなとこ見られたら勘違いされるかもしれないよって言ったらさ、どうしよう〜ってアタフタしちゃって。だから、お守りにでもしなよってストックしてたコロンを渡したんだ。素直な奴でさ、毎日カバンに入れて持ち歩いてるんだって」
「へぇ…」
「で、気づいたらさ。自分のが残り少なくなってて。なかなか買いに行く時間もなくてね」
「そう…」
「だからね、さと兄が心配するようなことはないんだよ」
たしかにホッとしている自分がいる。
「うまくいくといいな。その友達。」
「うん。俺もそう願ってるんだけどね」
…あれ?
「なぁ。お前が使ってるのってさ、男物だよな。友達も男…じゃあその好きな人って…」
「そう、男の人。同年代なんだけどね。単に憧れてるとかじゃないから…苦しいよね」
「そう…だな」
俺は曖昧な返事をすることしかできなかった。