第87章 夢でいいから
先に風呂をすませて翔を待つ。
何だかじっとしていられなくて部屋の中をウロウロしていると、ドア近くに来たところでコンコン…とノックする音がした。
「どうぞ」
「あはは。開けるの早っ。ここで待ってたの?」
「違う、違う。たまたまいた」
「そっか」
翔が俺の部屋に入ってきただけで、胸が騒ぎはじめる。
…翔は弟なのに。
俺たちはローテーブルに向い合わせで座った。
浴後の翔はセットされていない髪のせいか、いつもより幼く見える。
その姿にまたドキッとした。
「それにしてもさ、さっきのはないって。俺、そんなドジじゃねぇし」
「そう?母さんは信じたみたいだったよ。それにさ、さと兄だって戻ってきやすかったでしょ」
「それはまぁ…ありがと」
「うん」
バチっと目が合い、咄嗟に視線をテーブルに向けた。
「翔も残業だったの?」
「ううん。俺は友達と会ってた」
「友達…」
「うん。話を聞いてほしいってお願いされてね」
そういえば…コロンも電話も今日帰りが遅かったのも全部友達がらみなんだな。
「その人ってさ。夜、電話してた人?」
「うん、まぁね。話し声、うるさかったよね。ごめん」
「いや、それはいいんだけど…様子を伺いに来なかったから…」
「気にはなってたんだけど、話が止まらない奴でさ。なかなかタイミングがなくて」
その時のことを思い出したように、翔がふふって優しく笑う。
その相手にもそんな表情を見せてるのかと思ったら、沸々と込み上げてくるものがあった。
「あのコロンもさ、その友達からもらったの?」
「コロン?あぁ、うん。」
「その人と随分仲がいいんだね…男?女?」
「男だけど…どうして?」
「好きなの?その人のこと」
「えっ?」
「いや、何でもないから…気にしないで」
「さと兄?」
「ホント、何でもないから」
立ち上がろうとする俺に、翔の手が伸びてきた。
「何でもなくないよね…?」
翔が俺の手首を掴む力も俺を見る目も力強かった。