第87章 夢でいいから
コンコン…
「さと兄、開けていい?」
後を追うように、すぐさま部屋のドアがノックされた。
「ダメ。開けないで」
まるで子どもみたいだけど、ドアの向こうにいる翔の顔を見てしまったら冷静になれないような気がしたんだ。
「ねぇ、さと兄。お願い、今は出てきてくれないかな」
俺を諭すように話す翔の声色は優しい。
「ほら、母さんが……ねっ」
ドア越しに翔が囁いた。
その言葉にドキリとする。
そうだよな、今頃母さんはどんな思いでいるだろう。
翔のほうが兄さんっぽいよな…なんて思う。
「…わかった。すぐ行くから」
「ありがとう、さと兄」
部屋の前から離れていく翔の足音。
「兄さんね、会社の人に電話するのをさ、すっかり忘れてたんだって。終わったらご飯食べるって」
「あらあら、そうだったの」
ドアを開けると、そんな会話が聞こえてきた。
翔の機転の早さにはびっくりだけど、俺そんなにドジじゃない…と思うぞ。
「はーい、じゃあ月曜日に〜。失礼しま〜す」
もちろん通話なんてしてないけど、スマホを耳にあててわざと大きな声を出しながら二人のもとへ戻る。
母さんと翔が顔を見合わせ、クスッと肩を竦めた。
「ごめん、ごめん」
俺が手を合わせながら謝ると、翔がププッと笑い始めて。
結局3人で笑いあった。
「ほらほら、二人ともお腹空いたでしょ」
そう言いながら俺たちにテーブルに着くよう促す母ちゃんの目尻には光るものが見えた。
ごめんな、母ちゃん。
「お茶足すわね」
母ちゃんがテーブルを離れていく。
それを見計らったようにして、
「後でさと兄の部屋に行っていい?」
翔が小声で話してきた。
視界には母ちゃんが戻ってくるのが見える。
俺は小さく頷いた。