第87章 夢でいいから
何となく違和感を持つようになったのは3日前だ。
朝食を終えて玄関に向かうと、靴紐を直している翔から愛用しているものとは違うコロンの香りがした。
翔は香りには拘りがあるから、これまで他のものはつけたことがないのに。
次の日も同じコロンをつけていた。
“いつものは切らしちゃってさ。これ、友達からの誕プレなんだけどね。つけてみたらさ、意外といい香りでさ”
そんな風に言ってだけど…切らしてるなんてそんなはずはないんだ。
1週間前にストック買ってたこと、俺は知っている。
そして。
昨夜は珍しく、楽しそうに電話で話している声が翔の部屋から聞こえた。
別にそれがダメとは言わないけど…いつもなら俺の妨げになってはいないかと電話の途中で様子を伺いにくるのに、昨夜はそれがないままかなり長い時間電話をしていた。
そうか。
ここ数日、いつもと違うことが続いているんだ。
「あれ?母ちゃん、翔はまだ?」
残業を終えて帰宅したが、翔の姿がない。
「あら、ホント。もうこんな時間なのね。まぁ、いいんじゃない?あの子もお年頃なんだし。ふふっ」
母ちゃんは何だか嬉しそうにしているけど、俺は何だかモヤモヤしていた。
お年頃って何だよ、お年頃って。
アイツは…翔はいつまでも俺の可愛い弟なんだ。
俺の…可愛い大好きな弟で…。
俺の大好きな…。
胸の奥が熱くなってくる。
「ただいま〜。母さん、遅くなってごめん」
帰ってきた翔の声を聞いたら、いたたまれなくなってきて。
「さと兄?」
俺は翔の顔も見ずに、逃げるようにして自分の部屋へと駆け込んだ。