第87章 夢でいいから
何だろう。
何かがおかしい。
イヤな胸騒ぎがする。
「なぁ、翔。お前、何かあった?」
「ん?別に何もないけど?」
リビングのソファーで読んでいた新聞をたたみながら、2つ年下の弟の翔はそう答えた。
「ほら、さと兄。電車に乗り遅れるよ。母さん、行ってきます」
コートを羽織りビジネスバッグを手にする翔は、我が弟ながらカッコよくて見惚れてしまう。
「行ってらっしゃい」
母ちゃんがキッチンからにこやかに翔に声をかけた。
いつもと変わらない光景。
だけど…
何かが少しずつ変わっているように感じるのは気のせいではないと思う。
「母ちゃん。翔、何かあった?」
「何よぉ。翔は何もないって言ってるんでしょ」
「そうだけど…」
「ほらほら。智も早く仕事に行きなさい」
「…行ってきます」
ブラコンなのかしらね〜なんて言いながら、母ちゃんはクスクスしている。
俺は腑に落ちないまま自宅をあとにした。