第77章 耳をすませば
その日の放課後。
雨はすでに止んでいた。
グレーがかっている空に、何だかよくわからないけど胸騒ぎがした。
「いけねっ」
学校の門を出たところで忘れ物をしたことに気づいた俺は、教室に向かった。
…ん?話し声…?
ドアが少し開いているからか、教室の中から微かに聞こえてくる。
この声は…先生と…櫻井、かな…。
大丈夫か?って聞こえた気がする…。
えっ、引っ越し…って言った?
こんな時期に引っ越し…?
どうして…?
ガタガタっと椅子の音がしたから、俺はドアから離れて再び昇降口に向かった。
櫻井が来るかもしれない。
俺はカバンを開けて、探し物をしている振りをした。
あ、あったよ…。
忘れたと思っていたプリントが、偶然にも教科書の間から見つかった。
それはそれで良かったけど…。
「大野くん?」
後ろから櫻井の声がした。
自分で待ち伏せしてたのに、ちょっとビクッとしてしまったけど、偶然を装うにはこれで良かったのかもしれない。
「あれ?櫻井、まだ帰ってなかったんだ」
「うん…大野くんはどうしたの?」
「あ、俺?俺はプリント忘れたって思って戻って来たんだけど、もう一度よく見たら教科書の間に挟まってた」
そう言いながら、上履きから靴に履き替えた。
「見つかって良かったね」
櫻井も靴に履き替え始める。
「うん。…櫻井、途中まで一緒に帰ろうよ」
少し歩き出してから振り向くと、櫻井はキョトンとして突っ立っていた。
「ん?どうした?」
「あの…大野くんと一緒に帰るの、初めてだなって」
「そういや…そうだな。櫻井、生徒会だったし」
「うん、そうだね」
櫻井は爪先をトントンしながら、俺の側に近づいてきた。
「ちゃんと履いてから歩けばいいのに」
「だって…待たせてるかなって」
「んふふ。気にすんなよ、待っててやるから」
「うん」
櫻井が靴を履き終えるのを待つ俺。
なんか、いいな…こういうの。
胸がキュンとしながらも、先生と櫻井のやり取りが頭から離れないでいた。