第77章 耳をすませば
顔を洗って教室に戻ってきた櫻井が、
「うん、合格だね。いつもそうすればいいのに」
俺が結び直したネクタイを見てそう言った。
もうさ…何でわからないかなぁ。
緩めたネクタイを見て“あっ、もうしょうがないなぁ”って顔をするお前が見たくてやってるのに。
「大野くんは地元の大学受験するんだっけ」
「うん、そう。櫻井は…お前なら誰もが知ってる有名大学受験するんだろ?」
「うーん…そのつもりでいたんだけどね」
櫻井が困ったなといった感じで肩を竦めた。
「何か…あったのか…?」
「今ね、考え中なんだ」
無理に聞く必要はないけど…何だか気になった。
それからも櫻井はいつもと変わらず、昼休みには俺を探しに来る。
1つ変わったことといえば…俺だ。
雨の日の昼休みは教室の席で昼寝してたけど、図書室で過ごすようになった。
そんな天候の日は、櫻井が図書室にいるからなんだけど。
「大野くん、最近どうしたの?」
「図書室もなかなかいいなって思って」
俺は決まって、その時に櫻井に一番近い席に座る。
「だけどそれ、魚の図鑑でしょ」
「あぁ。意外と面白いぞ?それに俺、釣り好きだし」
その言葉に櫻井がピクリと反応したんだ。
「大野くん、釣りするの?」
「まぁな。大体毎年…あっ、今年はまだだけどな。」
「どうして?」
「“受験生なんだから、風邪でもひいたらどうするの?”ってさ、母ちゃんに止められてる」
「そっかぁ…」
櫻井が何となく残念そうな顔をしているように思えた。
「櫻井は、釣りしたことある?」
「ううん、ないけど…」
「いつかさ、一緒にするか?釣り」
自然と言葉にしていた。
「いいの?ありがとう」
嬉しそうにおっきな目をキラキラさせている櫻井。
お前に吸い込まれそうだよ…。