第72章 実りの秋
「この旅館から見える紅葉の景色がさ、最高にいいらしいんだよ。一度行ってみたいなって思って調べたらさ、ちょうど二人部屋がひと部屋空いてて。」
「へぇ紅葉かぁ…いいね。翔くん、行ってくるの?」
俺がそう言うと、翔くんは苦笑いした。
「やっぱり聞いてなかったな。俺…さっきね、智くんは来週末は予定が入ってるかどうか訊ねたんだけど」
「ごめん、聞いてなかった…えっと…予定は入ってないよ」
「ホント?」
パンフレットに視線を向ける翔くん。
「あのさ…ここにさ、一緒に行かない?」
「えっ…いいの?」
「うん。智くんと行きたいなって思って、空きを調べたんだから」
「嬉しいな」
「ふふっ。それにね、景色がいいならさ、智くんの趣味の絵に何か役立つかな…って」
「翔くん…ありがとう」
「うん」
微笑む翔くんは、すごく綺麗だった。
お互いコーヒーを飲み終わり、俺たちはカフェを出た。
「翔くん、この後…どうする?」
「あ、うん…明日さ朝一で商談が入っちゃって」
「そっか」
「智くん…」
「ん?」
「手…ギュッてしてもいい?」
「うん、ギュッてしようか」
「今日は何秒にする?」
「うーん…5秒で」
「ふふっ、わかった」
お互いの手が触れて…ギュッと繋いだ。
会社から近いし、誰が見てるかわからないから…
手を繋ぐのは5秒以内と決めている。
…いつも5秒になっちゃうけど。
“1…2…3…4…5”
指を1本ずつ解くように離していく。
パッ…
手が離れた瞬間は名残惜しく、ちょっとさみしい。
だけど、手に残る感触と温もりが心地いいんだ。
明日もまた頑張れるよ。