第70章 クリームソーダ
他のテーブルのお皿を下げる店員さんを暫く眺めていた。
だけど、あからさまに目で追っているのは何だか恥ずかしい。
バッグに入れていた本を取り出し、読む振りをしながらその人のことを見ることにした。
気になる人をチラチラっとでもいいから見ていたい。
こんな気持ち、いつぶりだろう。
マスターがキッチンから店員さんに声をかけている。
振り返った店員さんが持つトレーには、クリームソーダ。
1歩また1歩とこちらに近づいてくる。
店員さんとクリームソーダ、そして俺…その距離が縮む度に俺の胸はドキンドキンと煩くなる。
来る、来る、来る、来る、来る…来た。
店員さんが俺のテーブルのとこで歩みを止めた。
「クリームソーダでございます」
澄んだ心地いい声とともに、店員さんがグラスに手をかけた。
「ありがとうございます」
俺は店員さんの顔を見た。
優しい顔立ちの綺麗な人…
見とれてしまいそうになるのを誤魔化すようにして視線をクリームソーダに向けた。
えっ…
テーブルに置かれたはずのグラスが傾き、落ちるさくらんぼとバニラアイス。
それがスローモーションのように見えていた俺は、グラスを押さえたんだ。
右の太腿が冷たい。
だけど俺は店員さんのほうが気がかりだった。
真っ青な顔で謝ろうとした店員さんにシーっと合図をして制止させた。
マスターが近づいてくる。
店員さんの体は震えている。
「ごめんなさい、手が当たってこぼしてしまいました」
俺は咄嗟に手をあげてそう言っていた。