第61章 夏の終わりに。
「あっ…帰らなきゃ…。」
あの後のことはよくは覚えていない。
気づいたら、自分の部屋のドアを開けていた。
俺はリュックと手提げを下ろし、ベッドにダイブした。
見慣れた風景と匂いにホッとする。
左手には、ずっと握っていたあのメモ。
汗でちょっと湿ってしまったそれを開くと、そこには時間と場所が書いてあった。
花火大会の会場から少し離れている所なんて、なんだか大野先輩らしい。
行くかどうかは、その時になったら決めよう。
そう思いながら、俺はそれを財布にしまった。
夏休みはそれなりに充実していた。
宿題は多かったけど、1つ2つと終える度に達成感があった。
家族と2泊3日で旅行にも行った。
友達とも映画を観に行ったりした。
…大野先輩はどんな風に過ごしてるのかな。
8月も中旬を過ぎて。
財布にしまったメモの存在をヒシヒシと感じるようになった。
いや、あの日からずっと…だけど、敢えて気にしないようにしていた。
そんな時だった。
中学の時の友達や高校に入ってからの友達から、花火大会への誘いがあったんだ。
“櫻井のこと話したら、女の子たちがイケメンくんに会いたいって。”
“女子たちがさ、櫻井も一緒がいいって言うんだ。”
「せっかく誘ってくれたのに、ごめん。俺、もう約束した人がいるから。」
返事なんて、はじめから決まってたんだと思う。
俺は理由づけを探してたのかもしれない。
だけど
それはすごくシンプルだった。
大野先輩が言っていた言葉、そのままに。
何だか、気持ちがスッキリしたんだ。
それならば。
「ねぇ、母さん。」
俺は頼み事をしたくて、声をかけた。
母さんの期待とは違ってしまうけどごめんね…って思いながら。