第58章 麗しきかな
櫻井先生も徐々に落ち着いてきて、思っていたよりもスムーズに進んでいった。
残るは 俺たち3年生の教室のある階だけ。
昼間に比べていくらかましなものの、蒸し暑さのある校舎内。
おでこにじんわりと汗もかいてきた。
「少し休憩しようか。」
「はい。」
中庭に通じる扉の手前にあるベンチ。
先に座ってるよう促された俺は腰を下ろしつつ、向かいの自販機に向かう先生の後ろ姿を見ていた。
俺より少し背が高い先生。
手足が長くて上半身がしっかりしてて。
抱きついたら、その広い背中に…厚い胸板に…安心するんだろうな。
「大野くん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です…って、うわっ。」
「うわっ。」
声のするほうに視線を向けたら、俺の顔を覗きこむ先生の顔がドアップで、びっくりして思わず声をあげてしまった。
そしたら、その声にびっくりした先生まで声をあげて。
再び先生を見ると、飲み物を片手にキョトンとして立っていた。
その姿が可笑しくて
「ぷはっ。」
つい笑ってしまった。
「そんなに笑わなくても…。はい、どうぞ。」
たった今、自分のことを笑った人にも飲み物をくれるなんて…優しいんだな。
「あれ?先生の分は…?」
「ふふっ。釣り銭切れだって。気にしないで。」
そう言って先生は中庭のほうを見た。
ドキン…
白い肌に大きな目、長い睫毛、厚みのある唇。
月明かりに照らされたその横顔は、儚くて憂いを帯びていて。
引き込まれそうなほどに綺麗だった。