第52章 近くて遠くて
「おはよう。智くん。」
「翔くん、おはよう。」
ふにゃんっていつもと変わらない智くんにホッとした。
先に部屋に入った智くんが机の上から教科書を取り出して、ベッドに腰かけた。
俺が床に座ろうとして膝をつくと、
「翔くんもこっちに座って。」
智くんがベッドをトントンとするから、俺も同じように腰かけた。
「ねぇ、翔くん。これ覚えてる?」
智くんが手にしていたのは、1年生の時の数学の教科書。
俺にとっては、智くんとの出会いになった思い出の品的な物だ。
「うん。覚えてるよ。休み時間にさ“誰かここ教えて”って智くんが教室に飛び込んできて。目の前にいた俺と目が合ったんだよね。」
「前の日に休んでて、小テストするなんて知らなくて。みんな教科書とにらめっこしてたから、教えてもらうの気が引けてさ。」
教科書をパラパラ捲り、そのページを二人で眺めた。
「でも凄いよね。智くんだけだったんでしょ、満点取ったの。応用問題が難しかったらしいじゃん。」
「んふふ。だからさ、翔くんの教え方が上手いんだって。」
「それはどうもありがとう。」
「翔くんは凄いなー。」
智くんは教科書を机に戻しに行き、そのまま暫く立ち尽くしていた。
「智くん?」
「ん~っ。ねぇ、翔くん。」
「何?」
「お礼…何がいい?」
智くんが振り向いて、俺を見た。
「お礼…って言われても…。どうしたの…?」
急なことで、俺は戸惑ってしまった。
「勉強教えてもらったり、満点が取れたお礼。…っていうのは口実なんだけどね。」
俺のほうに近づいてきた智くんは、ベッドには座らずに、俺の目の前に来て膝立ちをしたんだ。