第52章 近くて遠くて
だけど。
隣に座った智くんからは、いつものマイナスイオンじゃなくて、どこかポーッとした色気が駄々漏れで。
やっぱりシテたんだ…って思った。
「翔くん…?」
「あっ、はい。」
「んふふ。変な翔くん。」
俺を呼ぶ声にも艶があって、ドキドキした。
このままだと、変な気を起こしてしまいそうだよ…。
俺はそれを振り払うようにジュースを一気に飲んだ。
「はぁ美味しかった。ごちそうさま。そろそろ帰ろうかな。」
「えっ。翔くん、もう帰っちゃうの?」
「うん。ちょっとね…。」
こんな時に限って、理由が思いつかない。
「ちょっとって?」
智くんが腕半分くらいまでジリジリ詰め寄ってくる。
「えっと…その…。」
「何か用事でも思い出した?」
「智くん…。」
「それなら仕方ないよね。」
そう言いながら、智くんは俺から離れていく。
それが妙にさみしく感じたけど、ぐっとこらえた。
「ごめんね、急に。」
「気にしないで。今日はありがとう。」
「うん。じゃまたね。」
「うん。また…。」
さみしそうな、それでいてどことなく拗ねているような智くんの表情が気になったけど、智くんの見たことがない一面を知って、少なからず動揺した俺は…今日はこれで良かったんだって思うようにした。
自宅に帰ってからも、あの声と音と匂い、智くんの色っぽい表情が頭から離れなかった。
正直びっくりはしたけど…気持ちが悪いとは思わなかったし、もし俺でシテくれてたなら嬉しい。
そんな風に思いながら、週が明ければまた、いつもと同じ日常が過ごせると思っていたんだ。