第49章 いつもの日常の中で
背中に智くんをくっつけたまま、キッチンへ向かう。
シチューのいい匂い。
猫舌の智くんには丁度いい温度になっているはず。
「智くん、シチュー注ぎたいんだけど。」
俺がそう言うと、智くんがニコニコしながら正面に回ってきた。
そして“ん~っ”て唇を突き出している。
「…何してるの?」
「しょーくんが“智くん、ちゅうしたいんだけど”って言った。」
ちゅう…?
「言ってない、言ってない。俺は“シチュー注ぎたい”って言ったの。」
「なんだ…残念。」
今度はぷぅって頬を膨らませてる。
あからさまに拗ねなくても…。
だけど、智くんのそんなところが可愛いなって思う。
それに…昼間みたいに戸惑って拒んだわけではないんだ。
「智くん」
「ん?」
「ちゅうは…あとで、ね。えっと…先にシチュー食べよう?」
俺の言葉にポカーンとする智くん。
体の向きを変えてお玉を持つと、腰に回っていた智くんの手が離れた。
俺が二人分のシチューを注いでいる間も、それをテーブルに運んでいる間も、智くんは俺を目で追いつつ、口はポカーンと開いていた。
俺だってさ、半端なく恥ずかしいんだよ。
シチューの熱さに負けないくらい、顔が火照ってるんだから。
それを紛らすように
「いただきまーす。」
大きな声で言ってみた。
「待って、待って、待ってぇ。一緒に食べるからぁ。」
慌ててテーブルについた智くんが、俺を見てふにゃんと笑った。
それは気遣ったものじゃなくて、本当に嬉しそうな微笑みだった。
智くんのお母さんが作ってくれたクリームシチュー。
まるで智くんをイメージしたような、優しくてふわっとしてほっこりする味だった。
「ご馳走さまでした。美味かったぁ。」
「でしょ。うちの母ちゃんの料理の味ってさ、しょーくんが好きな味だと思うよ。俺たち、そういうとこ結構似てるし。」
「智くん、嬉しそうだね。」
「そりゃあね。食べ物の好みが似てるって大きなポイントだと思うから。」
そう言いながら、智くんの手が俺の口元に伸びてきた。
「しょーくん、付いてる。」
指で俺の口の端を拭ったかと思うと、智くんはその指をペロッと舐めた。
咄嗟のことでビックリしたのと恥ずかしいのと、指を舐める智くんの目と赤い舌に色気を感じてドキッとしてしまった。