第44章 溢れる
「大野、ちょっといいか。」
塾長に呼ばれると、他校で講師の欠員が出たので行ってみないかという内容の話だった。
返事は1週間後にすることになった。
そっちのほうがここよりも俺の自宅から近い、ということも考慮されたようだ。
俺としてもそれは有難いけれど…。
そろそろ返事をしないといけないと思っていたある日。
塾の入り口で、女子数人と話している櫻井の姿を見かけた。
櫻井を見る女子たちはうっとりしているし、櫻井も楽しそうにしている。
高校生の君達。
ごく普通の光景なのに、胸が痛んだ。
そうだ、そうなんだ。
10歳近く上の男の俺なんかが櫻井の未来を壊すようなことをしてはいけない…。
俺は塾長に、異動の話を受け入れる返事をした。
櫻井のこともあるけれど、講師としての視野をもっと広げたい学びたいと思って決断したんだ。
後日、俺が1ヶ月後に異動となる件が親御さんと塾生に伝えられた。
「え~っ、先生ここを辞めちゃうんですかぁ。」
生徒たちが代わるがわる俺のところにやってくる。
そんな中でも、俺は櫻井に視線を向けてしまうんだ。
じっとこちらの様子を見ていた櫻井と目があった。
唇を噛みしめてるけど、さみしいって思ってくれてるのかな。
ただ…その日から、櫻井が俺に質問をしてくることはなくなっていった。