第26章 君に触れたくて
ナース服姿で病室の入り口に現れた師長は、いつもはしない香水の匂いをプンプンさせて、真っ赤な口紅までしていた。
明らかにいつもと様子が違う師長は、まるでハンターのような目をしていた。
そんな姿の人を病室の中に入れたくない。
ましてや、いま大野くんは動けないし、呼吸もやっと落ち着いてきたんだ。
そんな時に来るなんて許せない。
そう思った俺は、思わず飛び出していた。
「まだ6時15分ですよ。こんなに早くに来てどうしたんですか?」
突然目の前に現れた俺に、師長は一瞬驚いた顔をした。
「何って…様子を見に来ただけよ。」
平然としてるのが、益々許せなかった。
「そんなに匂いをプンブンさせて口紅までべっとりつけて。患者さんに接する姿じゃないですよね。」
「そうだな。」
院長もカーテンから出てきた。
師長はバツの悪そうな表情になった。
「大野くんのことは、櫻井くんがしっかり見てくれてるよ。お前は一度家に帰って出直して来い、院長室にな。」
「なっ、なによ。」
「悪かったな。大野、櫻井。コイツ…かみさんの妹なんだ。ほら、行くぞ。」
二人は消えていった。
「院長と師長…義理の兄と妹だったんだな…。」
後日聞いた話だと、師長がプライベートでつけている香水の匂いだったから、誰が来たのかすぐわかったらしい。
「あっ、いけね。検温の途中だった。」
俺がそう言うと、大野くんは手招きをした。
「どうしたの?」
「うん…ありがとう。」
「なんだよ、やけに素直じゃん。」
「うるせえ。」
「ほら、まだゼーゼーしてるんだから。無理しないで。」
少しだけど、会話もできるまで回復していて嬉しくなった。