第26章 君に触れたくて
担当の病室の患者さんに体温計を配る。
大野くんにも配りに行った時、院長が病室に入ってきた。
院長は大野くんの主治医だ。
「おはようございます。」
「おはよう。大野の様子はどうかな。」
大野くんは喘鳴はまだあるものの、肩の動きはほとんどなくて、だいぶ落ち着いたのがわかる。
酸素の量が下げられたとともに、酸素マスクから鼻腔カニューレに変更になった。
酸素マスクをしていたせいか、大野くんの口の回りは水滴で濡れていた。
何気なくタオルで拭き取り大野くんの顔を見ると、頬だけでなく耳まで真っ赤になっていた。
「おいおい。櫻井みたいなイケメンの顔が近づいてきて口を拭かれたらな、みんなハートを射ぬかれるよな。」
院長が笑いながら言った。
「そんなことないですよ。大野くんをご飯に誘っても、一度も行ってくれないんです。」
「へぇ、そうなの?」
院長の問いかけに大野くんはそっぽを向いた。
大野くんの体温は36.8℃に下がっていた。
「今日もう1日様子をみような。酸素は、午前中の状態をみて継続するか決めよう。」
じゃ、と右手をヒラヒラさせてドアに向かって歩いていた院長が、急に踵を翻した。
「アイツが来るぞ。」
院長は俺を伴ってカーテンに隠れつつ、病室の様子を覗く。
院長がいうアイツ…えっ?師長?!