第104章 シュワシュワ
櫻井がキョトンとしている。
あれ?
もしかして聞こえなかった?
緊張してたから、声が小さくなってたのかもしれない。
そう思った俺は、もう一度呼んでみることにした。
「翔くん」
「もう…。くん付けは反則…」
櫻井が繋いでいないほうの手で顔を隠す。
いやいや、反則って何?
「あの…翔くん?」
「僕はてっきり、ショウちゃんみたいに“翔”って言われるのかと思って…」
「あ、言い直そうか?」
すると櫻井は勢いよくブンブンと顔を左右に振った。
「違うんです」
「えっ?」
「くん付けで呼ばれたら、胸にズキュンときて…」
そう話す櫻井がとても可愛らしくて。
…そっちのほうが、反則だと思う。
「俺も今、ズキュンときたんだけど…」
目があった俺たちは、同じだねって言いながら笑いあった。
辺りが薄暗くなり始め、気づけば俺たち以外は誰もいなくなっていた。
帰らないといけない時間だとは思うけど、櫻井と離れがたい。
「先輩、ショウちゃんは大丈夫ですか?」
櫻井も時間を気にしてくれたのだろう。
「あぁ、うん。大丈夫。よく寝てるし」
左腕をそっと動かして、ショウの顔を櫻井に見せる。
「本当に、ショウちゃんのこと大好きなんですね。さっきだって好きだぞって言ってたし…」
「聞いてたの?」
「はい。本屋に行く途中で先輩を見かけて。近づいて行ったら“ショウ”とか“好き”とか言ってたので、すごくドキドキして…。よく見たら、可愛いワンコちゃんがいたので、ちょっと落ち込みましたけど…」
「それってさ、俺…自惚れてもいいやつなのかな」
ここはもう、素直に問いかけてみようと思った。