第2章 ・佐久早の不機嫌、義妹の受難
その東北のウシワカこと牛島若利の義妹である文緒はそんな事なぞ知らず白鳥沢学園高校の図書室にいた。
「あの、兄様。」
文緒は恐る恐る義兄に言った。
「何だ。」
対する義兄は何か問題でもあるのかと言いたげである。
「下ろしてくださいな。」
「俺は問題ない。」
「そうではなく。」
「では何だ。」
「私が恥ずかしいです。」
まるで赤ん坊を抱えるかのように両脇の下に手を入れて持ち上げられている文緒は顔を赤くして俯いた。書架の側を通る生徒がこちらを一瞬見ては目をそらしてしかしブフッと吹き出している。
「届かないというから上げたのだが。」
「お気遣いは大変嬉しいのですが踏み台がありますし。」
「上る時に踏み外されてはかなわん。」
ならば自分が代わりに取るという事は頭になかったのか。文緒は思ったがそれを自分から言うのは妙な気がして口にしない。
「早く目当ての本を取れ。」
やはり何も気づいていない若利が言った。
「耐えられはするがずっとこうする訳にもいかない。」
こちらとてずっとこんな幼子みたいな姿を晒したい訳ではない。と返したいのを我慢して文緒は目的の本を手に取り、取れましたと義兄に声をかける。やっとのことでカーペットに足をつけることが出来た。
「ありがとうございます、兄様。」
義妹の礼に若利はゆっくり頷き、ふと呟いた。
「思ったのだが」
「何でしょう。」
「少し重くなったか。」
それは普通女子に向かって言うとまずいものだが
「そうかもしれません。最近調子が良いからか食が進むので。」
不思議と体重に関してだけ文緒は妙に鈍い。とりあえず本を抱えて貸出の手続きに向かう。
貸出のカウンターに行くと対応した図書委員が文緒を見るなりクスリと笑い出した。
「あの、何か。」
何となく嫌な予感がすると思いつつ文緒が尋ねると図書委員はいやと前置きをしてから噂通りお兄さんに溺愛されてるねと言った。文緒がそんな事はないと一応言おうとしたが、
「溺愛じゃない。」
あろうことか後ろから義兄が低く唸るように言う。おかげで気の毒な図書委員は吹き出すのを堪えるのが難しくなってしまった。
「ああ何てこと。」
文緒は両手で顔を覆った。