第8章 ・不思議な8月13日
若利は家の者が夕食の片付けも終えて一休みしている頃合いに戻ってきた。それはいいのだがいつもなら玄関まで出迎えにくる義妹の姿がない。母に聞くと部屋ではないかという。珍しいがそういう日もあるだろうと思って深く考えることもなく自室の前につき戸を開ける。
「兄様、おかえりなさいませ。」
若利はキョトンとした。実際の所顔は普段と変わらないように見えるがこれでもキョトンとしている。これまた珍しいことに義妹の文緒が自室の真ん中にちょこんと正座していた。
「ただいま。」
まずはそれだけ言って若利は持っていた荷物を一旦置いてから義妹の所へ歩み寄りそのまま義妹を抱き上げた。こういう事をするから父親みたいだなどとも言われるのだが相変わらずその自覚はない。
「今日はどうした。洗濯物以外でお前が勝手に部屋に入るのは珍しい。」
抱き上げられた事には言及せずに義妹は落ちないようにしがみついてそのまま答える。
「遅くなりましたがお誕生日おめでとうございます、兄様。」
またも若利はキョトンとした。勿論顔は第三者から見ると変わっているようには見えないが抱き上げている義妹にそっと視線をやっている。
「ありがとう。」
言って若利は一旦義妹を下ろしてやりそこではじめて義妹が何やら包みを握っている事に気がついた。
「その実は」
決まり悪そうにもじもじとしながら文緒が言う。
「今日がお誕生日なのを失念してまして。」
「俺は気にしない。」
「そう仰るとは思っていましたがいつもお世話になりっぱなしなのに放って置くわけにいかず。」
「そうか。」
「急いで用意しましたもので何ですがどうかこれを。」
そっと差し出された包みを若利は受け取った。許可をとって包みを開く。
「タオルか。」
「1枚擦り切れ始めてたと思いまして。」
「使わせてもらう。」
若利はごくごく微かに笑うがふと気がついた。
「もしや1人で外に出たか。」
「はい。」
「胡乱な輩に声をかけられたなどはなかったか。」
「どう申し上げたらよいのやら。」
「はっきり言え。」
「買い物をしようとしたお店で条善寺の方々にお会いしました。」
条善寺と聞いた瞬間に若利は眉間に皺を寄せた。