第5章 テノヒラアワセ
『……ねぇ、日向くん。』
「どうした?」
こっちを向いた日向くんの目を見つめる。
片目だけが赤く染まっている。
あれはイズルくんの色。もうどこにもいないカムクライズルの瞳の色。
『……ごめんね。日向くんのことは日向くんとして見るって決めたのに。』
目を伏せる。
日向くんの別人格のカムクライズルは、私がずっと愛していた人間だった。
日向くんがイズルくんを押しきって心を取り戻したのか、それともイズルくんが日向くんとして生きていくことにしたのか。
私には何も分からなかった。
「……いいんだ、希灯。無理はするな。俺だって……まだ七海への気持ちが落ち着いた訳じゃない」
日向くんが切なそうな顔で返した。
私たちはお互いに好きだった存在を相手に重ねている。
私は日向くんをカムクライズルに。
日向くんは私を七海千秋に。
微かな面影や共通点を探しながら、慰め合うように励まし合うように、たまに2人で思い出にふけったりしていた。
どちらも未亡人のようなものだ。
大切な人がこの世から去って、もう二度と会えない。
置いていかれた私たちは触れ合わない程度にただ寄り添って、褪せかけた記憶に色を塗りながら語った。
愛しい人と、こんなことをした。あんなことを話した。
でも2人とも、好きな人と共に過ごした記憶はたったの1年とちょっとくらいしかなかった。
いずれは話の種も尽きる。
無意識に新しい何かを求めていた。
――もうオメーらが付き合っとけばいいんじゃねーの?
私たちの関係を知っている仲間たちは、そのようなことを一様に言った。
でも、その意見にはお互いに納得出来なかった。
何だか失礼じゃないか。
こんな状態で付き合ったって、私も日向くんもお互いを見ない。心にこびりついた未練を投影させて、幻の相手に恋を続けるだけだ。
2人ともそれを分かりきっていた。
こんなことは不毛なだけだと知っている。
それでもこうして2人で会うのは、やっぱり気持ちを共有できる相手であり、記憶を掘り起こすのに丁度良いツールになるからだ。
『……でも、こんなのダメだよね。いつまでも過去に囚われて……。自分の信じた人を好きで居続けるっていうのは大事なことだと思うけど、こんな後ろ向きなやり方じゃ、イズルくんと千秋ちゃんに怒られちゃうよ。』