第31章 可愛いね。
ふと隣を見ると、珍しくカムクラがこちらを見つめていた。
『イズルくん、どうしたの?。』
いつもと変わらない無表情なはずなのに、希灯にはなんだかカムクラが浮かない顔をしているように見えた。
「いえ、特には……」
『えー?。本当に?。大丈夫?。お腹痛い?。』
カムクラの顔を色んな方向から見ながら希灯が問い続けると鬱陶しそうに視線を反らし、そしてこう言った。
「別に……今日はまだあなたが僕に"可愛い"と言っていないことが気になっただけです。あなたは連日実験と称して発言を継続してたでしょう。あなたがこの馬鹿げた行いを記録に録っているとは思いませんが、データが途切れたら実験としては不十分なものになるのでは?」
そう。希灯が「もういいや」と思っていた"可愛い"の実験についてだ。
ツラツラと尤もらしいことを言うカムクラだったが、希灯にはそんなことはどうでも良かった。
『い、イズルくん……!。もしかして、私に「可愛い」って言われたかったの??。私に……!?。』
目をキラキラさせ、口元に満面の笑みを浮かべながら希灯が嬉しそうに言うのを見て、カムクラは自身の失言に気付く。
『も~~っ待ってたんだ?。私が君に可愛いって言うのをご飯食べながらずっと待ってたんだね?。え~~~?。うわぁ……可愛いね、今日は一段と可愛いよ。イズルくん。』
ニマニマと笑いながら希灯はカムクラに可愛いと連呼する。
「そういうわけではありません。1年生はあっちでしょう。さっさと行きなさい」
いつもより足早に2年生の教室に帰っていくカムクラの背中を見送りながら希灯は大声ではしゃぐ。
『やったーー!!。イズルくんが可愛い!!。実験は成功!!。説は正しかった!!。』
イエーイ!!と笑いながら喜ぶ希灯の声から少しでも遠ざかるように、カムクラは無心で自分の教室へ帰っていくのだった。