第2章 帰って来た日
グランプリファイナルの後、俺は勇利に会っている。フリー当日の夜、エキシビジョンを前にしてやることもない勇利と待ち合わせして近所のバーに入った。席代に飲むつもりもない適当なカクテルを注文。
短気ではないけど、さっぱりとした性格の自分がいつまで経っても喋らない勇利に痺れを切らすのは早かった。
「お疲れ様ってことで乾杯!」
「……乾杯」
「飲むなよ」
「えっ」
「酒が入らないままで言いたいことがたくさんある」
その言葉を聞いて、勇利が青ざめたのを見て、少し可哀想だと思ってしまった。もしかして俺が失望したとでも思ってるのか。ステップは綺麗だったし今更俺がスケーターの勇利を貶すとか、そういうことしない。そう伝えるとまた勇利は落ち込んだ。メンタル豆腐か?何に落ち込んだかすらわからないぞ。
「まず、今日はチケットありがとう。いつも本当に助かる」
「ああ、いや、あげる相手なんてユラとミナコ先生ぐらいだし…家族は普段来ないから。こちらこそいつも見に来てくれてありがとう」
「ファンサか?それ」
「茶化さないで」
バーに似つかわしくない子供じみたふくれっ面をする勇利を見て笑みがこぼれる。
「次、……ヴィクトルのこと」
一息ついてから勇利の目を見て言うと、勇利がその視線から逃げるように俯いた。
「真利姉ちゃんから聞いたよ」
ちゃんと知ってる。そう続けた声が震えていた。
「うん、俺も真利から聞いた。辛いだろうと思ったけど、これ」
「え……」
スッと日本から大事に持って来た一冊のアルバムを差し出す。表紙から何から俺の手製だ。大きく 勝生ヴィクトル と書いてあるそれを見て、察したのか勇利は一気に大粒の涙をこぼした。
「小さい頃のも、この5年間のも、割とこまめに写真撮って作ってた。長谷津に勇利が帰って来たら、続きは勇利に任せようと思ってたけど……完成しちゃったから」
アルバムが完成するなんて、いいことじゃない。卒業アルバムにしろ、なんにしろ、別れがつきまとうものだ。勇利は少しそれをめくって、途中を飛ばして最後のページを見てから、それを閉じて抱きしめて、またボロリと大きい涙を膝の上に落とした。
辛かろうが、今の勇利に必要だから渡すんだぞ。
でも、もう話すなんてことができる状態じゃない勇利に、最後に渡すべきだったかなあとちょっと思ってしまった。
