第3章 春
温泉オンアイスの当日の早朝、僕はユラをアイスキャッスルはせつへ呼び出していた。まだ朝5時半だけど、ユラはなんの文句も言わずに来てくれるから本当に優しいと思う。イケメンで優しいってどういうことだ。なんで恋人がいないのかよくわからない。いても腹がたつからどっちでもいいけど。ちなみにリンクの鍵は預かっているから、優ちゃんたちはいない。まだ今日のための機材を搬入する前なので、人気もない。
なんで呼び出されたのか言ってないから当然わからないだろうユラだけど、なにも言わずにリンクに立つ僕を見てくれている。そうだ、僕を見ていて。僕は、ユラが僕を一番見てくれているって知っている。この視線が最後の仕上げだった。
衣装を選んで、ミナコ先生に女性の動き方を教わって。そして、僕は魔性のカツ丼、街一番の美女になるために、誘惑する相手を据える必要がある。それをユラに手伝ってもらうことにした。
本番はヴィクトルを誘惑するけど、さすがにぶっつけ本番で演技を完成させるのは少し怖い。
愛について -Eros-の再生準備をして、リンクの中央に立つ。しばらくして情熱的なギターで始まるイントロが流れた。さあ、僕を、私を見て。
滑り終わって、バッ、とユラを見ると、ユラは何故かすごい真顔だった。え、よくなかった?落ち込むというか自信がなくなる。この反応は予期してなかった。ちょっと怯んだのを察知したのか、ユラが口を開く。
「俺は練習台かよ」
「ああ、うん、どうだった?」
「なんかネタバレ食らった気持ちでいっぱい……」
「は?」
なに言ってるんだこいつ。そう思ったのが露骨に顔に出たと思う。
「いや、良かったよ。エロスだった。これを本番で見たら、みんな絶対驚く。ヴィクトルも」
「本当!?」
「でもお前が誘惑するのはヴィクトルなんだろ。もっと良くなるよ」
「うん、ロシアに帰られちゃったら困るしね」
リンクサイドにいるユラと拳を合わせる。
……この練習にユラを呼んだのは、ユラが僕を見てくれているっていう自信があるからってことと、あとはいつものお礼のつもりであった。成長した僕を見れることが一番嬉しいといつか言ってくれたユラの言葉は絶対嘘じゃないって、ネガティブな僕でも信じているから。