第3章 春
商店街を歩いていたら、なんだか見覚えのある少年が虎のTシャツを眺めていた。ロシアのアイスキャットじゃん。
「Извините」
「Да?」
ロシア語でちょっとすみません、と話しかけるとユーリ・プリセツキーはこちらを見上げた。うわ美少年。そのままロシア語で継続して話すことにした。
「ユーリ・プリセツキーでしょ」
「俺のこと知ってんのか?」
「勝生勇利の友人で、藍坂ユラって言います」
ちょっと視線が痛くなった。やっぱ勇利のこと敵視してんのかなあ。よく知らないけど、プリセツキーはヴィクトルのファンなのかもしれない。
「何の用だよ」
「いや、それ欲しいのか?」
「イカすだろこれ」
虎のTシャツを指差して言うと、プリセツキーはまるで自分がすごいかのように胸を張った。まだ売り物で君のものでもないんだよ。なんだか見つけたものを親に自慢する子供みたいだ。
「ん?周りに子供だらけだな?」
「なんか言ったか?」
「いや、買わないのかなって」
「日本円持ってねえ」
どうやってここまできたんだプリセツキー。電車はどうした。ちょっとびっくりしていたら、少ししか換金しなくて、しかも福岡じゃなくて羽田から新幹線で来てしまったからもうユーロしかないのだと説明された。長谷津、田舎で本当にごめん。
仕方ないからとりあえずその虎のTシャツは買い与えて、ヴィクトルの元へ連れていくことにした。まだ15歳なのに日本まで1人できちゃうほどヴィクトルのことが好きなんだ、ここで1人ほっぽりだしたら可哀想である。
嬉々としながらその店の更衣室で虎のTシャツを着込み、自撮りしているのを眺める。子供可愛いなあ。大きい子供たちは可愛くないのになあ。すぐにプリセツキーに着信があって、ロシア語で誰かと言い合いしていた。ヤコフって聞こえた気がするけど、まさかね?まさかコーチに内緒でここまで来て怒鳴られてるわけないよね?
一方的に通話を切って、プリセツキーは「悪いな」とこちらに駆け寄って来た。俺じゃなくて謝る相手は………いやもう、いいか。気にしないほうがいい。
俺の役目はこの自由奔放アイスキャットを、スケートリンクのヴィクトルの元まで届けることである。運搬クエストかな?