第1章 デートの後で…
―バレンタイン当日―
その日の伊達工は、朝から異様な雰囲気に包まれていた。
ある者は仏の様に悟りを開いた顔を崩さず、ある者は血走った眼で周囲の様子を窺い、またある者は可愛らしくラッピングされた物を周囲に気取られないように懐にしまっていた。
たかがチョコ、されどチョコ。
一つでも異性から手渡されれば、その者のヒエラルキーは一気に頂点へと昇り詰める。それがたとえ本命であろうとなかろうと。
先日、声高らかにバレンタイン反対運動を行っていた鎌先には義理の「義」の字もちらつくことなく、昼休みを迎えていた。
あれだけ鎌先の演説に同調していた者の中にも裏切り者はいて、鎌先は憎々し気にその殺気立った視線を裏切り者に浴びせていた。
「…ったく、どいつもこいつも浮かれてんじゃねーよ」
吐き捨てる様に言った自分の言葉を、まさかチームメイトに向けることになるとは、この時の鎌先は思いもしなかっただろう。
けれどその局面は、すぐに訪れることとなる。
「あれ、笹やん……?」
今日という日に限っては、鎌先の第六感は冴えに冴えていた。
笹谷の前には、ほんのり顔を赤らめた女性生徒の姿がある。その女子生徒は鎌先もよく知っている、だった。
もうそれだけで、鎌先の中で一つの答えが導き出されていた。
「あいつら、バレンタイン謳歌しやがって……」
バレンタイン。
それがこんなに忌まわしい日になるとは、鎌先もこの時までは思っていなかった。それまでも、異常なくらいこのイベントを敵視してはいたが、それは悪ノリしている部分も少なからずあった。
巷にあふれる赤やピンクのハートの数々に、「ノー」を突き付けて面白がっているところがあった。
それが、本当に心から憎いイベントになるとは、思っていなかったのである。
笹谷の前で頬を赤らめている少女、は、鎌先が想いを寄せている人物だった。その彼女が、自分ではなく他の男にチョコを渡そうとしている。
そんな場面を目の当たりにしてしまった鎌先の胸中には、計り知れないものがあった。
が想いを寄せる人物が自分ではないということに加えて、彼女の想い人が鎌先のよく知る人物だという事実。それが余計に鎌先の胸の中に嵐を引き起こしていた。
「よりにもよって、笹やんかよ……」