第3章 関ヶ原
「捨て奸(すてがまり)ぃ!!」
豊久が叫ぶ。それと同時に兵たちが打ち方を
構えた。
「豊久ぁ!」
島津の大将は甥の名を叫ぶ。ここで分かれて
わならぬのだ、
死んで分かれてはならぬのだと聞こえる叫び
であった。
「叔父上!お引きを!こっから後はお豊と
久忠にお任せあれ!」
「お前らも帰るのだ!薩摩へ!豊久!久忠!」
薩摩へ、我が故郷へ帰るのだ。
生きて帰るのだ。そう訴える声。
「帰りたかです・・・。
死ぬるなら、薩摩で死にたか。
叔父上一人薩摩へ
戻られたなら、俺も久忠も兵子も、
皆ここで死んでも、こん戦、
俺たちの勝ちなんでごわす!」
その声は今から敵将、井伊兵部少輔直政と
ぶつかる恐れを微塵も感じさせない程雄弁で
あった。
そして小さな影、久忠も両の手に脇差
を構えた。
今から闘うのだ、直政と。
あの最強と謳われる赤備えと・・・!!
たまらない、体が震える。
久忠は柄が潰れてしまうほど握りしめた。
その目はもはや獣に近しいものであった。
『豊久様。
敵将井伊の赤備え、近づいておりまする。』
「ん。良か!打ち方構えぇ!
敵は最強、徳川井伊の赤備えぇ!相手に
とって不足なし!命捨て奸るはいまぞ!」
兵子たちの銃が騎馬隊を狙う。
久忠も改めて剣を構える。
突然上から「久忠」と声が落ちてきた。
声の方へ顔を向けると我が主が瞳に映る。
「ようここまで付いて来てくれたなぁ・・・
お前(まあ)は俺(おい)の自慢じゃ!
黄泉路まで付き合え!」
嗚呼・・・我が主・・・!!お慕いする殿方よ!
今この時とは似合わない優しい笑顔と声色に
久忠はつい視界を歪ませた。
嬉しい・・・自分はきっとこの時のために
生を受けたのだと直感した。ならば、先ほど
お言葉をかけてくださったこのお方のために
この命をかけてお守りせねば。自分は故郷へ
帰れなくとも、この方だけは薩摩へ帰さねば
ならない。改めて久忠は決意する。
ここが自分の死に場所なのだと。
ここで“島津久忠”も“島津野風”も
葬り去るのだと。