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紅の君

第7章 愛しい影


祝言の日から数日もせん内に野風が

姿を消した。実姉じゃい家内に聞いてん

「知(し)たん。」の一点張りじゃった。

俺(おい)の生きがいともなっちょったのに・・・

側室としても娶るこっが出来(でけ)んならば、

せめてずっと側にいて欲しかった・・・

そいでも時は残酷にも進んで行(い)っ。

俺(おい)は朝鮮へ渡(わた)っこっが決まった。

まだあの婚儀から数ヶ月たらずしか

経っていない。俺(おい)の心はまさに荒波に

揉まれているよなものじゃった。

そげな時じゃった。

俺(おい)の前に一つの小(ち)んけ影が

現れた。名を久忠と言(ゆ)た。

しかしそん姿は愛しい野風

と瓜(うい)二(ふた)っであった。

「お前・・・野風じゃなかか!?

今ずいどけ行っちょった!?」

俺(おい)は思わず肩をつかみ、叫(お)ろだ。

『・・・何を仰っているのですか?』

しかし、返ってきたのは冷えきった

言葉じゃった。在りし日の乙女の輝いた目

ではなく、殺伐とした闘志に燃(も)ゆっ目が

俺(おい)を見ちょった。

そいでも俺(おい)は目の前にいるこん者が

野風じゃいことを信じたかった。

「野風じゃろ!?

何(な)よとぼけている!?野風!」

俺(おい)は必死に問いかくっ。

じゃっどん目の前の者はため息だけついた。

『・・・そんなに疑わしいのならば、

手合わせしてみますか?豊久様?』

そう言(ゆ)て久忠と名乗(の)っ男はすらりと

腰から脇差を二本抜いて構えた。

脇差二刀流など何処の流派じゃろか。

「お前・・・どこん出だ?」

『羽州の方で少々修行致しました。』

「羽州ではそげな奇妙(しゅ)だ流派が

あっとか?」

『ええ、ございます。

それが如何ほどか、試されますか?』

俺(おい)も自慢(ぎら)の野太刀を

抜刀して構えた。久忠はふっと笑(わ)れ、

刹那、姿を消した。

「・・・っ!?」

『お命頂戴、ですね。豊久様?』

瞬きをした偶(たま)にゃ既に

俺(おい)の背後に周り、

俺(おい)の首(く)び脇差を宛(あて)ごっいた。
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