第5章 小さき影の過去
野風は姉の胸ぐらを掴び叫んだ。
『せからしか!!姉様は私(あたい)の
思いを知(し)っちょっのに!
なんでそげなこと言(ゆ)の!?そいなあ
私が豊久様の嫁(よめじょ)になりたか!
代わっちくいや!!』
実妹の訴えに姉は首を横に振った。
「そや出来(でけ)ん。
おはんを巻き込(こ)ん訳には行かん」
『何(な)よ言(ゆ)てるの!
何(な)い巻き込(こ)んの!?』野風
は更に食いかかる。
「私と豊久様の祝言は全部(すっぺ)
政(まつりごと)の為じゃ。そがいなこつに
お前(まあ)の心をあぐっ訳には行かんのだ。
お前(まあ)はそいなん真っ直(たっ)ちき
豊久様を愛しやんせ。
そがんして、こん愚かな姉に約束(やっじょ)
してほしか。
必(かなら)し豊久様を守(まも)っと。」
『・・・っ!!!』姉は全てを知っていた。
野風が豊久に恋をしている事、この祝言
が、父である島津忠長の家臣と豊久の父、
島津家久の不仲を改善する為の政略結婚で
あるという事も。すべて知っていた。
『姉様・・・』野風が姉を見つめる。
その目は決意によって決して揺らぐことが
なかった。すべき事を成し遂げると言って
いるようだった。再び野風は姉に問う。
『姉様・・・こいかあ私(あたい)や
何(な)よしたらいいじゃんそか・・・』
その声は震えていた。路頭に迷っている声。
不安、絶望、そういった感情が含まれた
ものだった。姉は野風に道を示すように
告げる。
「お前(まあ)剣が強か。こいかあは武士として
豊久様の近(ちかっ)居なさい。」
『っ!!そいは!私に女(め)ば止めろち
言うのですか!?』
「もしお前が豊久様を守ってみせた
偶(たま)にゃ正室の座を譲(ゆず)っ。
そん時までには私(あたい)が全(すっぱい)
片付(こば)むっ。じゃっどん、豊久様は
女(おなご)が戦場に行(い)っのは
法度じゃと言(ゆ)じゃんそ。(言うでしょう)
じゃっで絶対女(おなご)とばれてはいかん。
じゃっで、ばれずに帰(もど)っきて。
たのみあげもす。」
そう言って姉は再び頭を下げた。