第5章 小さき影の過去
私は島津忠長の次女として生まれ育った。
小さな頃からやんちゃでいつも泥まみれに
なって遊んでいた。
だが、父はそれを良しとしてくれる寛大な
お人だった。それは私が武術を習い始めた
時も同じであった。「やろごちゃっ事をやれ」
と頭を撫でてくれた。
私が豊久様と初めてお会いしたのは
佐土原の領主になられた十九の時だった。
私が十の頃だった。少し乱暴ながら
それでいて優しい温もりがある手で私の頭
をくしゃりと撫で、「お前が野風か!
ほんのこつ可愛(もじょ)かのぉ!剣ば
習(な)るてんじゃろ?いっど手合わせ
すっど!」その時の笑顔を見た途端
私の心はすとんと音を立てて恋に落ちた
そこから私は豊久様のお側に居たいが為に
“女”を磨き始めた。苦手だった髪や肌の手入れ
も毎日欠かさず行い、興味の薄かった反物や
髪飾りも年相応の物を選んで身につけた。
武術だけでなく勉学にも励み、知性も磨いた
全ては豊久様のお側に居たいから。
初めてお会いした時から暫く経った時には
「お前、野風か!随分(あばてもなか)
可愛(もじょ)なったな!まこち美人(しゃん)
じゃのぉ!」そうしてまたくしゃりと私の
頭をなでてくださった。
もう少し、もう少ししたら父上に豊久様の
元へ嫁ぎたいとお頼みしよう。きっと父上
は賛成してくれるはずだ。
もうすぐお慕いする殿方の元へ行けるかも
しれないと思うと胸が高鳴った。
だがその胸の高鳴りもすぐに鎮められた。
私の姉上が豊久様と祝言を挙げられた。
私は頭を強く殴りつけられたような感覚
だった。折角、折角ここまで努力してきた
のに・・・あんなに頑張ったのに・・・
もう豊久様のお側に居られない・・・
祝言の儀の前夜、私は姉上に呼び出された。
「野風・・・こらいやったもし(ごめん)・・・
私(あたい)が豊久様と祝言なんて・・・」と頭を
下げられた。その姿を見た時、なんて残酷な
姉なのだと憎くなった。実の妹の恋慕の情を
知っていながら、その想い人と祝言を挙げる
なんて・・・!その憎悪の念が野風を突き
動かした。