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紅の君

第3章 関ヶ原


雨が降り始めた。

体力と血を先程の激戦で奪われた二人に

とって更なる追い討ちとなる雨であった。

お互い会話はない。だが、お互いを

支え合う事は忘れない。

しかし、言葉には出さないものの、

久忠の意識は限界を迎えそうになって

いた。少しでも気を緩ませれば気を失う。

しかし気を失えば隣に御座する主の迷惑

になってしまう。それだけは阻止したい。

気を引き締めながら歩いていると

今まで踏みしめていた土の感触とは違う事に

気がついた。白。白色だ。

白色の床、天井。壁には様々な扉が並ぶ。

『ここは・・・』見慣れない光景に声が漏れた。

隣にいる豊久も驚きでうまく言葉が出ない

でいた。

そして通路の真ん中に塞ぐように謎の男が

座ったいた。読み物をしているようだ。

男は動じることなく読み物を折りたたみ、

「昼休み中」と書かれた看板を取り外し、

「次」と言うだけであった。

「なんだぁ?なんだここは!?どこだ!?

誰だぁ!?」

豊久が男に呼びかけ、一歩近寄る。

塞ぎきっていない傷口から血がビシャリと

嫌な音を立てて床に零れ落ちる。

その問い掛けにも応えることなく男は

煙草を皿へ置き、壁を見るだけであった。

その態度に腹を立てたのか、豊久は

「野郎ぅ・・・」と怒りを露わにした。

「俺は・・・俺達は帰るのだ・・・っ!薩摩へ!」

しかしまたもやその叫びに応えることなく

男は筆を紙に走らせた。

すると突如豊久の隣に位置していた石造りの

扉が吸い込むように空気を動かし始めた。

これには豊久も動揺を隠せないでいた。

「うっ・・・あぁ・・・!?」

『豊久様!』久忠が叫ぶ。

「久忠!ひっ離(ぱ)るいなよ!掴んどけ!」

その言葉の通り、久忠は豊久に

しがみついた。そして小さな彼をを守るように

豊久の逞しい腕が久忠の体に回される。

一連の動作に彼は紅潮した。

なんと、なんと男らしい殿方なのかと。

瀕死の状態で訳の分からぬ場所に居るのにも

関わらず己の部下の心配をして抱き寄せて

くださるなんて・・・!

『豊久様・・・』ぽつりと久忠は呟いた。

慈愛と崇拝にも似た尊敬の意を込めた呟き

を最後に二人は扉に吸い込まれていった。
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