第3章 12月15日【あと9日】
沈黙が長い。
やっぱりもういいですってすぐさまここを立ち去りたい。でも、だめなんだ。折角約束したんだから。ちゃんと仲直りするって。
「………どういう風の吹き回しです?」
第一声は戸惑った声だった。
無理もない。
今まで手伝おうとすると余計なことをするなとでも言うように睨みつけてきた同僚が最も嫌っていたはずの言葉を口にしたのだから。
「えっ……と……、森下先生って理数系が得意じゃないですか。だから、手伝ってもらいたいなー……なんて……思ったり?」
「………」
森下先生がすっと席から立ち上がる。
ああ、だめだったか。
そう俯く。
「何してるんですか?行きますよ」
「行くってどこに……」
私が手に持っているファイルを森下先生が取り上げる。
「理科室。ここだと他の先生の邪魔になるでしょう?だから、理科室に移動するんです」
「っ……!はいっ」
返事をしてから一つ思った。
職員室から出るのは本当に他の先生方の迷惑になるから?多分、演習問題を作成するからと言っても交わす言葉は少ないはず。迷惑になると言うのなら、きっと普段の私と森下先生との会話の方が迷惑なはずだ。
もしかしたら、だけど。
もしかしたら彼は気遣ってくれたのかもしれない。昨日の今日で手伝いを頼まれたのだ。どれだけ鈍い人でも何かあると気づくだろう。相手は観察力に優れた森下先生だ。私が何かしようとしていることに気づかないはずがない。
彼は私が行動に移しやすい二人っきりの空間を作ろうとしてくれたのだろうか。
いや、きっとこれは愚問だ。
あえて聞くことでも考えることでもない。
ちゃんと言葉を返してくれて。
しかも、他の人に見られることのない空間で作戦を行えることになった。
ラッキーだな。
きっとそれくらいの受け止め方でいい。