第2章 12月14日【あと10日】
「椎名先生、お先に失礼します」
「あ、はい。お疲れ様でした」
時計を見ると、もう7時になっていた。
「8時までに帰って来いって言われたんだっけ」
「誰にですか?」
耳のすぐ近くで声が聞こえて、体がぞわりと寒気立つ。
「森下先生……。なんですか?」
また、森下先生か。
本当にいい加減にして欲しい。いつだって彼は私の邪魔をする。正直言って、迷惑だ。
「なんですかって……質問返しされても困るんですけど。俺は、誰に8時までに帰って来いって言われたんですかって聞いてるんです」
「それはしに────」
いやいやいやいや。
言えるわけがない。頭がおかしいやつって思われる。それで、先生や生徒達の間に変な噂が流れて……。
ああ、想像できる。
椎名先生ついに精神的にやばくなっちゃったみたい、と学校中のみんなに囁かれる日々が。
「……関係ありません。プライベートなことですし」
内心ひやひやしながら、森下先生を見上げて突き放すような言葉を口にする。
「ふーん。あっそ。別になんでもいいですけど」
イッラァと来ました。
その言い方は酷いんじゃない?
そっちから聴いてきたくせに。
「そうですか。それじゃ、私帰るんで。お疲れ様でした」
大人なんだから、これくらいの苛立ちくらい我慢できる。そう。我慢でき……
「興味ないらしいので別にどうでもいいでしょうけど、私はあなたみたいな男性が一番苦手です。よかったですね。あなたはどうやら私のことを嫌っているようですので、これでおあいこ。犬猿の仲、ってやつですかね。それでは、お先に失礼します」
頭を下げてから森下先生の顔を優越感にひたりながら見る。
「………っ。そーですか。お疲れ様でした」
少し、目の周りが赤いような気がした。