第29章 魔法が解ける時
楽屋で撮影前の準備をしてから、縁下さんと恒例の挨拶回り。
今回は、会いに行かなきゃならない人数が多くて。
一人一人と長々お話しする時間は取れず、簡潔に挨拶だけをして済ませていた。
何人かに挨拶を終えて、次に行こうと廊下を歩いていた時、突然目の前が暗闇に襲われる。
「だーれだ。」
驚いて足を止めると、後ろから聞き覚えのある声がした。
この、女慣れした感じのやり方と、声で間違えようがない。
「及川徹…さん、ですね。」
つい、普段心の中で使うフルネーム呼びをして、慌てて敬称を付け加えた。
「シンデレラちゃんったらヒドい!及川徹って、まるっきり他人みたいな呼び方しないでよ。」
目隠しをしていた手が離れて、拗ねたように喋る及川徹。
共演経験があって、更には事情があったとは言えど一回食事をした仲である。
確かに、完全に他人認識は悪かったかな。
「すみません。じゃあ、何とお呼びしたら良いですか?」
「そんなの、徹くんって呼んで欲しいに決まってるでしょ。」
「…及川さん、とお呼びしますね。」
呼び方くらいで、友人とかになれる訳じゃないけど、望みを聞こうとした。
でも、名前呼びするなんて周りに聞かれたら、また騒がれるから却下する。
会話をしていると、隣の縁下さんに服の袖を引かれて、腕時計を示された。
どうやら、時間が押しているみたいだ。
「及川さん、こんな場所で失礼ですが、本日は宜しくお願いしますね。」
「こちらこそ、宜しく。…ねぇ、撮影終わってから時間とかってある?」
「誰彼構わず、女性だったら誘うのは止めた方が良いですよ。」
話を切り上げようとした時に受けたお誘い。
そんなに軽い女であるつもりは無いから断って、次の楽屋へ挨拶に行く。
「…シンデレラちゃんってニブイ子だね。」
私の背に向かって呟かれた言葉は聞こえなかった。