第29章 魔法が解ける時
本日、夜12時。
生放送の終了時間で、私に掛かっていた魔法が解ける。
深夜帯の放送であるというのに、毎年この生放送が一番視聴率が高いらしい。
いつも以上に緊張しながら、迎えに来た黒尾さんとテレビ局に向かっている。
「…お前、ガチガチ過ぎ。ここまで来たら、なるようにしかならねぇだろ。今更、緊張しても仕方無くね?」
車の中でも声を発す事すら出来ないくらいの状態で。
緊張を解こうとしてくれているのか、黒尾さんが話し掛けてくるけど、何も返せず。
一言も会話しないまま、テレビ局に着いた。
車を降りて、挨拶しようと振り返る。
今まで、送りの時も迎えの時も、車から降りてまで挨拶なんかした事がなかった黒尾さんが、何故か降りていた。
「…緊張しなくなるオマジナイ、な。特別サービスしてやるよ。」
私の隣に立ったと思ったら、いきなり抱き締められて頭を胸元に押し付けられた。
「人ってな、心臓の音とか安心すんだと。俺ので良かったら聞いてけ。」
ポンポンと、子どもをあやすように頭を優しく叩かれて、少しずつ落ち着いてくる。
これが、心音の効果なのかな。
ちょっとだけ甘い展開を期待したけど、体が離された。
「…じゃ、これで俺のお役目終了だ。次から、用事ある時はこちらにお電話お願いしマス。」
ニヤけた胡散臭い笑顔で差し出される名刺は、出会った時に渡された物と同じく、何でも屋のもので。
結局、全てが仕事だったのだと分かった。
「黒尾さん、今まで送り迎え有難う御座いました。お元気で、お仕事頑張って下さいね。」
一度貰った名刺を再び受け取る意味はないし。
それに手を伸ばす事無く頭を下げて、楽屋に向かうべく背を向けて歩く。
「…受け取っちゃ、くんなかったか。」
私が居なくなった後の黒尾さんの呟きも、名刺の裏に書かれていた文字も、知ることは無かった。