第28章 残り時間
前に、一度だけ澤村さんの家で引っ越し祝い名目の飲み会をした事はある。
だけど、この世界に来たからこそ出会えた2人と、本当にゆっくりと食事をする機会は無かった。
もう少ししたら、芸能事務所の人間と、所属タレントって関係が無くなってしまうかも知れない。
そうなったら、縁下さんの言う通り、私達は他人である。
仕事としての関係しか無いのだから、それは仕方ない事だけど。
私にとって、とても濃かった1年であっても。
この人達にとっては、毎年ある企画をこなしただけの1年で。
もしかしたら、次のシンデレラが決まる頃には私なんか忘れてしまうかも…。
それは、ちょっと淋しいから、1回くらいプライベートに近い付き合いをしてみても良いかも知れない。
「それも良いですね。お食事、ご一緒させて下さい。」
「おぅ。じゃ、お前が行き先決めろよ。モチ、俺の奢りだから遠慮すんなって。」
「そりゃ、俺達の中で立場が一番上の社長が出して当然です。」
「奢られて当然って考え方すんだったら、力ちゃんは自腹な。」
出来る限りの笑顔で、お誘いに応えると、社長も笑顔で返してくれた。
その中にあった言葉に、縁下さんが突っ込んで、目の前で始まるやり取り。
これを見るのも最後になるかも、なんて、ぼんやりと考えながら見守っていた。